Nichiren Shoshu

Myoshinji Temple

2010年5月度 御講原稿

苦難を乗り越え折伏を

既に二十余年が間此の法門を申すに、日々月々年々に難かさなる。少々の難はか  ずしらず、大事の難四度なり。二度はしばらくをく、王難すでに二度におよぶ。  今度はすでに我が身命に及ぶ。其の上、弟子といゐ檀那といゐ、わづかの聴聞の  俗人なんど来たって重科に行なはる。謀反なんどの者のごとし。 (御書539)

只今拝読いたしました御書の『開目抄』は、日蓮大聖人が佐渡御流罪になられてから約4ヶ月後の文永9年(1272)2月、御歳51歳の時に塚原三昧堂においてしたためされた書で、御書五大部の中の重要な書物であります。

日蓮大聖人は建長5年(1253)4月28日、宗旨を建立されて妙法蓮華経の題目を弘通されてから、

 少々の難はかずしらず、大事の難四度なり。二度はしばらくをく、王難すでに二  度におよぶ (御書539)

と仰せのように、松葉ヶ谷の焼き打ち、伊東への流罪、竜の口の死罪、佐渡島への流罪と、20年足らずの間に、大難、小難の連続の日々でありました。

 特に文永8年(1271)9月12日の竜の口の頸の座、引き続き佐渡島への流罪という極刑は、当時としては国家に背いたものが被る大きな刑であり、弟子・信徒はそのことだけでも恐れをなすほどでした。特に、竜の口の大難は鎌倉幕府が国家の権力で迫害を加えるという難であり、しかも正当な理由もなく日蓮大聖人の頸を刎ねて葬りさろうとしたのです。

 

また佐渡流罪は、当時としては二度と生きて帰ることのできないと言われたほどの重い刑でした。

そのような状況の中、弟子や信徒の中には信心から離れてしまう者もいました。弟子、信徒の退転理由は、日蓮大聖人不信の念もありましたが、さらには牢獄の刑、所領の没収などの迫害が加えられたため、自らの命を惜しみ、生活の安定を求めて去っていったのです。

このような門下の状況を鑑みられた日蓮大聖人は、雪中の塚原三昧堂で開目抄を著され、まさしく日蓮大聖人こそが法華経に予証された法華経の行者であり、末法の御本仏であられることを説き顕わされたのであります。

 

さて、『妙一尼御前御消息』には

法華経を信ずる人は冬のごとし、冬は必ず春となる。いまだ昔よりきかずみず、 冬の秋とかへれる事を。いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となる事を。 (御書832)

とあります。日蓮大聖人は法華経を信ずる行者として、生きて帰ることはあり得ないとされた佐渡から、無事に帰られました。日蓮大聖人の住まわれた佐渡の塚原三昧堂は堂といいましても、壁もなく雪が家の中に入ってくるほどの、とても家とは言えない建物でありました。常人なら生き延びることすら困難な環境に置かれている中で、門家の人々の信心を心配し、またその成長を願われ、乏しい紙に筆をとられた大慈大悲を、深く肝に銘ずべきであります。我々は、その塚原三昧堂から無事に帰られたという現証を以て、「冬は必ず春となる」との御金言を確信し、自他の幸せを願い、道を開いていかなくてはなりません。

 「法華経を信ずる人は冬のごとし」とは、法華経を信じる人は皆、日蓮大聖人が国中から憎まれて流罪にまで処されたように、この信心をして折伏をする者は、周りからいじめられ、妬まれ、悪口を言われて、厳しい状態になる、ということを示されているのです。友人や家族に「この信心をしなくては幸せにならない。今の信仰を捨てなさい」と、相手の宗教を破折するのですから、ある時は嫌われることもあるでしょう。それでもその中で慈悲の心を持って、日蓮大聖人の仏法のことを話していくことによって、折伏が成就し、罪障が消え、更には自らの不幸の原因が消え、全ての悩みが解決して、必ず境界が開けて「冬は必ず春となる」のであります。

 言い換えれば、たとえ現在どのような苦悩があろうとも、どこまでも大御本尊様に対する正しい信心をもって、御題目を唱え、折伏行に励むならば、冬が必ず春となるように、必ず根本的な解決があるのです。如何なる逆境にあっても、希望を捨てないで、まずはその現実を見つめ、強い信心をもって折伏行に邁進していくことが全ての問題の解決に繋がっていくのであります。

 苦難を乗りえて折伏を行ずるとは、冬に春の訪れを願う気持ちと同じことです。本門戒壇の大御本尊様を信じて南無妙法蓮華経と唱え、ひたすら広宣流布を祈る異体同心の信心と折伏行こそが、あらゆる個々の苦悩はもちろんのこと、真の世界平和を実現する方途となることを確信すべきであります。

 すなわち「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」とは「大悪をこ(興)れば大善きたる。」(大悪大善御書)と同義ですから、たとえどのような厳寒の冬のような困難な時期を迎えようとも、仏法僧の三宝を根本とする正しい信心があれば、春の温もりが訪れるように、必ず大きな功徳に浴していくことができるのであります。

 「冬は必ず春となる」との御指南を忘れることなく、どの様な情況下にあろうとも、自行の勤行唱題と、化他の折伏に精進いたしましょう。

 御法主上人猊下は平成18年3月度の広布唱題会の折、

 信心強盛にして三障四魔を紛然と打ち破っていくところに、我々の仏道修行の尊  さが存し、その尊さのなかから真の功徳が生じてくるのであります。大御本尊様  に対する絶対の確信を持って信心をしていくということが最も大事であります。  なぜならば、魔は仏には絶対に勝てないからであります。しかし、それとても結  局は我々の信心の厚薄によるのであります。したがって、広布の途上において  様々な迫害や、あるいは弾圧や妨害が起こることは当然でありますが、これらを  すべてきっちりと受け止めていくところに、我々の強盛なる信心が存するのであ  ります。まさしく「魔競わずば正法と知るべからず」であります。  今、申し上げましたとおり、いかなる難が来ようと、その難を乗り越えて強盛に  信心に励み、折伏を行ずるところに我々の一生成仏があるということを、よく心  得ていかなければなりません。」 (大白法 平成18年3月16日号)

と仰せであります。

 昨年7月26日の7万5千名大結集総会以来、全世界の日蓮正宗の僧俗は2015年までに全信徒数50%増へ向けて大前進をしております。この5年間をどう闘っていくかによって、明暗ははっきりと分かれてきます。

 大目標達成に至るまでは、多くの難が競い起こることは日蓮大聖人が御書に示された通りでありますが、全信徒が僧侶と一丸となり御法主上人の御指南に信伏随従して、堅い誓願のもと信仰に励んでいくならば、必ず達成できる目標であります。

 今日より、まずは本年度の支部折伏誓願目標達成を固く誓い、2015年の御命題達成に向けて精進して参りましょう。

 皆様方の、益々の御健闘と御健勝を心よりお祈り申し上げ、本日の法話とさせていただきます。