平成21年10月度御講原稿
人材育成と広宣流布について
1,広宣流布への確信
広宣流布は日蓮正宗僧俗の目標であり、御本仏日蓮大聖人の御命題であり、全世界の人々が本門戒壇の大御本尊様に帰依し、お題目を唱え、真の幸福境涯を得ていくものです。
人によっては、世界中の各地で紛争や暴力、飢餓や貧困の絶えない混沌とした現実を見て、本当に広宣流布など出来るのかと不安を持たれる人もいるかも知れません。
しかし、日蓮大聖人様は『諸法実相抄』に
日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱えしが二人三人百人と次第に唱えつた
ふるなり。未来も又しかるべし。是あに地涌の義に非ずや。剰へ広宣流布の
時は日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は大地を的とするなるべし。
との大確信を示されています。「大地を的とする」ということは、絶対に外れないことですし、仏様の御言葉ですので、誤りのない真実の言葉です。日蓮正宗の僧俗全員がこの日蓮大聖人のお言葉を深く信じ、広宣流布は絶対に叶うのであるとの大確信をもつことこそが一番の肝心です。
日蓮大聖人の御振る舞いは「日蓮さきがけしたり」と仰せの通り、まず日蓮大聖人が先頭をきって一対一の教化折伏から始められ、実際に二人が三人、そして百人、二百人と次第に教化が広がっていきました。
また、日蓮大聖人が「一切の仏法も又人によりて弘まるべし」(持妙法華問答抄298頁)と仰せのように、日蓮大聖人の教えは一人一人の信心によって、一人から一人へ、さらに一人から一人へと弘まっていくのですから、いくらでも可能性はあるのです。身近な一人の折伏から始まるのです。皆様お一人お一人が我が家の一つぶ種となって、我が父母を、我が家族を救っていくことを決意するとき、さらにはまた親子、兄弟、姉妹が協力して、真剣に親族に対して折伏を行じていくとき、必ずや一家はもとより一族の全折伏が達成されるのです。
そして、日蓮大聖人様が『高橋殿御返事』に
其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ (御書1242)
と仰せの通り、各国、各地方の一人一人が自国の広宣流布を自覚するとき、必ず広宣流布の形が現実となって眼前に顕れるでしょう。今一度大いなる発心をして立ち上がり、広宣流布の確信を現実のものにしていきましょう。
2,人材とは
人材の育成は日蓮正宗に限らず、古今東西、あらゆる産業、活動にとって必要不可欠な事柄です。しかし、世間の人材育成は一部の優秀な人を育てることが主であり、競争社会のなかで生き抜くためのリーダーが求められるものです。
したがってその影では、リーダーになれない人、いわゆる落ちこぼれをつくったり、負け組をつくったりとその反作用があります。
では信心の上での人材とはどのような人でしょうか。それを一言でいうならば「折伏をする人」こそ人材ではないでしょうか。日蓮正宗の重要な相伝書である『百六箇抄』には、
法自づから弘まらず、人、法を弘むるが故に人法ともに尊し (御書1687)
とあります。いくら尊い教えがあっても、それを実践し弘める人がいなければやがて法は廃れていきます。一閻浮提第一の正法だとしても、その上にあぐらをかいて、何もしなければ当然弘まっていきません。そこに弘める人がいて初めて仏様の教えが活かされるのでありますから、法と同じくらい弘める人も尊いということであります。
また御院尊日顕上人猊下は「一人が一人の折伏を」と御指南されました。また現御法主日如上人もこの御言葉を引かれています。「一人が一人を」とは、決まった人をさす御指南ではありません。日蓮正宗の信心をする全員、法華講衆の全員の一人一人を指される御指南なのです。
人によっては、私は老齢だから折伏できない、入信したばかりで折伏できない、仕事が忙しくて時間がないなどと言われる方もあります。実際、折伏は難事中の難事ですので、なかなか成就することは難しいことです。しかし、折伏を成就された方を見ると、老齢の方、入信したばかりの方、夜遅くまで仕事をしている方など、多種多方面の方々です。
日本国内のある末寺の御信徒の話しですが、その末寺の中で一番折伏をされる方は、生まれながらの身体障害者で車イスに乗った壮年の方だそうです。必ず一年に一人以上の折伏を成就し、今年の記念50万総登山には、その方が折伏した人達だけのグループ40人がバスで登山をされました。
日本国内のある末寺の御信徒の話しですが、その末寺の中で一番折伏をされる方は、生まれながらの身体障害者で車イスに乗った壮年の方だそうです。必ず一年に一人以上の折伏を成就し、今年の記念50万総登山には、その方が折伏した人達だけのグループ40人がバスで登山をされました。
さらに、『諸法実相抄』には
行学の二道を励み候べし、行学たへなば仏法はあるべからず、我もいたし人 をも教化候へ、行学は信心よりをこるべく候(御書668)
とありますように、信心より行も学も起こるのでありますから、結論的には信心を持った人はすべての人が人材といえるのであります。いや、人材に成らなければならないのです。腰の曲がったおばあちゃんでも、長く入院中の方でも人材であり、折伏の闘士なのです。末法濁悪の世にあって、南無妙法蓮華経の題目を唱える者はまさに地涌の菩薩であり、一人一人が広布の人材との自覚をもって前進していきましょう。
3,具体的方途
人間は二人になれば組織であるとの言葉もありますが、信心は多くの同志と共に組織として活動がなされています。御法主日如上人も「組織戦」という言葉を使われていますように、組織の充実が大切です。他の人を導く立場にある人は、次のことを心掛けてはいかがでしょうか
- 常に指導教師の指導を仰ぐこと。
- 常に「大将軍心ゆわければ、したがうものかいなし」(四条金吾殿女房御返事757頁)の御金言を体して先頭に立って折伏を行ずること。
- 常に異体同心を心掛けること。
- 常に自ら傲慢、慢心になっていないか顧みること。
- 常に御本尊様に感謝の念を持つこと。
この他にも、いろいろな心掛けや教訓はあるでしょう。世の中でも成功者や
功労者の言葉も素晴らしく多くのものがありますが、今挙げた五点は基本だと考えますので、参考にしていただきたいと思います。
日蓮大聖人の当時、多くの信徒がいましたが、中でも四条金吾殿と南条時光殿の二人は信徒の鏡としてその信心が手本となっています。お二人とも純真な信心を貫き、折伏弘教に励み、折伏の故に苦難に遭い、さらに信心を強くして苦難を乗り越えた方です。もちろん初めから手本になるような信心だったわけではなく、日蓮大聖人によって育成された方々です。ここでは詳細は省きますが、お二人とも何かあると日蓮大聖人に報告、相談申し上げ、その都度、日蓮大聖人は細かな御指南をされ、そして励まされています。そのような日蓮大聖人との信頼の上でのやり取りによって難局を乗り越えられているのです。つまり今でいう、報告、連絡、相談を常に怠らなかったのであります。人材育成には、この報告、連絡、相談そして激励が必須だと考えてますので、どうぞ実践してください。
さて先に信心する全ての人が人材であると書きましたが、その全ての人に共通する人材育成は、御本尊様への勤行とお給仕です。御本尊様へお仕えすることです。古歌に
法華経を 我が得しことは 薪こり 菜つみ水くみ つかへてぞえし
というものがありますが、まさに毎日、御本尊様にお水をお供えし、ご飯を差し上げ、清掃をし、勤行をすることによって、自然と信心が高まり、感謝の念が涌き無疑曰信の信心となっていくものです。そしてその信心が基本となって、行、学へと進んでいきます。
またもう一つは、やはり行動することです。御法主日如上人は先日の講頭、副講頭指導会の折、
何はともあれ動いてください。まず立ち上がって動くことです。(中略)動か なければ智慧も涌いてきません。(大白法771号)
と御指南されました。動けば、その経験がまさに人材の育成となっていくのです。さあ、今年もあと僅かです。広宣流布への大確信のもと全世界の法華講衆とともに動いて動いて、境涯を開いていきましょう。